「光れ」。
自分の信じるものを信じ続けて、内なるエネルギーを光らせよう、ということか。
ゆずというアーティストは、物事をポジティブに、ストレートに表現する。
言い換えると、社会的なゆずの立ち位置は、「ストレートな応援歌」をつくる人たち、といったところだろう。
「将来なりたいものは何ですか」
小学校までは頻繁に聞かれ、中学、高校、大学ぐらいまでは節目節目で考えさせられたテーマ。
ここで、社会人になった人たちに問いたい。
今、自分がなったもの、それは、昔の自分が想像していた、「将来なりたいもの」だっただろうか。
ほとんどの人が、想像とは違っているはずだ。
むしろ、真逆という人さえいるかもしれない。
では、今が「将来なりたいもの」でなかったとして、今自分がなったものに満足しているか。
ここが問題だ。
社会に出ると、子どもの頃や学生時代に抱いていた夢や希望があっという間に頭の片隅に追いやられてしまう。
日常の仕事や生活に追われ、社会の中で萎縮していく自分がいる。
「子どもには夢があるから」などと、大人はあきらめの動物であるような自虐をつぶやく人さえいる。
では、子どもは自ら光るのだろうか。
僕はそうは思わない。
光るのは、むしろ大人であるべきなのだ。
大人の光を見つめる子どもがいるからこそ、子どもが光ることができるのだろうと。
そう思う。
だから、大人が光らない世の中にしてはいけない。
大人が、自分自身を光らせるためにはどうすべきかを考えるのだ。
一度は頭の片隅に追いやった夢や希望を、もう一度取り戻す。
大人になるということは、自分ができること、苦手なことが自分の中ではっきりするということ。
だから、自分なりに光り輝くことができるのは、大人になった今なのだ。
そんなことを考えさせられた曲だ。